わたしが軽自動車を選ぶ理由。
私のお店は軽トラック!
入江左和代さんは、日々買い物困難地域を巡る
2024.12.02
近年近くにスーパーがない、お店までの交通手段がないなど、毎日の買い物が大変な地域が増えています。そのような環境の中、鳥取県職員からスーパーの移動販売に転身した入江左和代さんは、毎日軽トラに商品を詰めて、県内を回っています。
今日もみんなの欲しいものを載せて
入江左和代さんの朝は、午前6時45分に委託販売の契約をしているスーパーで、その日の商品をピックアップするところから始まります。定番の生鮮食品から季節の食材、特定のお客さんが好むもの、日用品までその数およそ400品目1200点あまり。今日の行程を考えながらの、集中力を要する作業です。
10時。出発の時間です。山の方に走り、申込みをしている顧客の家々を回ります。入江さんがふだん巡るのは智頭町や鳥取市用瀬町、佐治町、河原町などの中山間地域を中心に、一日に15〜19ヵ所。お客さんは軽トラックに積まれた商品から思い思いに欲しいものを選び、その場で会計をしてもらいます。入江さんは商品を説明し、世間話を交わし、シニアカーに商品を積み込み、次々に接客していきます。
100kmにおよぶこともあるその日の行程を終え、スーパーに戻ってくるのが夕方5時頃。冷蔵商品を店舗に戻し、精算や車の清掃、売れたものの補充などをして、夜9時くらいにその日の仕事を終えます。
その間、入江さんは終始笑顔で応対しています。「お客さんから『待ってたよ』とか『今日はなにがあるの?』と声をかけていただくと、来てよかったなと思います」と話します。
スーパーがなくなり、買い物がピンチ!
入江さんはもともと30年以上鳥取県庁に勤めていましたが、2023年に県庁を辞め、移動スーパーの販売パートナーとして起業。それには個人的な理由と、環境的な理由がありました。
個人的な理由は、買い物好きだった入江さんの父が、免許を返納したことで、スーパーの買い物に行けなくなった様子を見たことでした。「自分の好きなものを、好きな時に買いに行けないのは寂しそうで…。買い物に出かけることは、日々の楽しみの一つであることを再認識しました。同じような状況に置かれている方が、たくさんいるのではないかと思いました」。
まさにそれが環境的な理由ともつながりました。2023年から24年にかけて、鳥取県内ではある系列のスーパー20店舗が閉店し、にわかに「買い物困難者」の増加が問題になりました。身近なスーパーの一斉閉店は、日々の買い物ができなくなる人たちを大量に生み出した出来事でした。
「同居や近くに住む家族に乗せていってもらうという方や、近くに親族がいない方はタクシーに乗ってお買い物に出かけるというお話をよく聞きます。それでもタクシーもこのあたりでは簡単に呼べなくなってきました。移動手段が限られる地域や年齢の方にとっては死活問題です」
やりたいこととニーズが一致した入江さんは、すぐに独立します。「思い立ったらやっちゃう性格なんです。接客することにも興味がありました」と笑います。
買い物は「モノを買う」だけの行為ではない
入江さんに移動スーパーの人気商品を聞いてみました。
「“とうふちくわ”という鳥取の郷土料理は、ご存知ですか? 意外なほどよく売れます。鳥取県産の生乳をつかった白バラコーヒーも定番です。夏はアイスクリームが人気かな。遠方まで買いに行っていては、溶けてしまうから買えないのだと、言われて気づきました。移動スーパーだと、すぐに家の冷凍庫に入れられますもんね」。
重くて持ち帰ることが難しい味噌や醤油、砂糖などの調味料も定番の人気商品。トイレットペーパーや洗剤などのかさばるものもよく売れます。
「人の購買行動っておもしろいんです。最近練り製品やこんにゃくがどんどん売れるなぁと思ったら、冬が近づいたしるしです。煮物をみなさんが始める時期なのを、商品の売れ行きから感じます。
このルートではこの商品を待ってくださる方がいるから欠かさないようにしようと思っていたら、ある時パタリと売れなくなることも。『もう飽きたわ』っておっしゃるんです(笑)。でも自分が買い物する時も、そんな感じですよね」。
入江さんの車は、それぞれの家の軒先まで訪れます。近所の人も訪れ、世間話に花が咲くこともしばしば。話をしていくうちに分かってきたことがたくさんあります。
「同居のご家族がいらっしゃるから、お買い物は困ってないのかな?と思っていると、自分の好みのものがうまく伝わっていなくてほしいものが手に入らないとか、孫におやつを買ってあげたいとか。買い物って、必要なものを手に入れられればいいというわけではないんですよね。自分で好きなものを選ぶ自由が必要なのだということが分かってきました。選ぶ楽しみも、買い物の大きな一部ですよね。
また過不足なく買ってきてもらうだけじゃなく、自分のお金で買いたい、買ってあげたいという人情も分かるなぁと思うのです」。
移動スーパーの時間が、地域のコミュニケーションの場になっていることも多くあります。週に1回集まって話すことが気分転換になったり、ご近所の安否確認代わりになったり。「最近顔を見ないけど、調子が悪いのかな」と話題に上ることもあります。
一人ひとりの生活が違うように、欲しいものも、買いたいタイミングも人それぞれ。入江さんは「お一人おひとりの顔を思い浮かべながら商品をお持ちできるのが、移動スーパーのいいところです。お客さまのニーズをしっかり把握して、もっと要望に応えられるようになりたいですね」とやる気を新たにします。
軽トラは1200点が載った移動する店
入江さんの車は、軽トラックをベースにした“特装車”。冷蔵機能が搭載され、生鮮食品から加工食品、日用雑貨まで1200点もの商品を積み込んでいます。
「最初は、ふだん使う乗用車とは、視野も違うし、商品が倒れてしまわないように恐る恐る乗っていました。もうずいぶん慣れました。訪れる地域は中山間地の狭い道も多くて、軽自動車じゃないと通れない場所も。これだけ荷物を積んでいるから、はたしてパワーはどうなのだろうと心配をしていましたが、普通車と遜色なく走っています」と入江さん。
乗り心地も上々で、当初持っていた軽トラのイメージは覆されたと話します。「シートは直角なのかなとか、スプリングが効いてなくて乗りにくいのかなと心配していましたが、まったくありませんでした。毎日担当する地域まで40分ほどの道のりですが、とりとめもなく考え事をする、いい時間になっています。坂道を上る時にもう一馬力あれば、言うことないんですが!」と笑います。
高齢者が買い物をするのに、杖をつきシルバーカーを押していても、運転席側から助手席側までくるりと商品を見て回れる軽自動車のサイズがピッタリ。コンパクトなサイズ感が買い物のしやすさにも繋がっています。
鳥取県は雪が多い地域です。スタッドレスタイヤに履き替えて、四駆を駆使して訪れる日もそう遠くなさそうです。「頼りにしてるからねって声をいただくと、みなさんの生活の一端を担う者として、気が引き締まります」と語ってくれました。
鳥取県は「課題先進県」
県庁から移動スーパーに転職した入江さん。仕事に感じる意義に変化はあったのでしょうか。
「県庁時代は、 “県民のみなさん”という大きな対象に向けて仕事をしていました。現在はそれが目の前の一人ひとりになって規模が変わっただけで、やりがいには変わりないと感じています。
ただ一人ひとりの向こうに、社会が見えることも多いですね。お年を召してきて手足が動きにくくなって、お財布から硬貨を取り出すのが難しい方もいらっしゃいます。この方がコンビニなどのレジではきっと焦ってしまうだろうなということも分かってきます。
実は鳥取県は地域の課題について、先進的に取り組んでいます。いち早く買い物環境の維持・確保を支援する課が作られ、移動販売の運営についても補助金が準備されています。人口が少なく、中山間地が広い鳥取県は、これから全国の多くの地域が直面する課題に、一足早く取り組んでいる県でもあるんです」。
とはいえ入江さんが、目の前の一人ひとりと相対して仕事をしていく姿勢には変わりがありません。
「地域のみなさんの生活を支えていると取材で取り上げていただく機会もあるのですが、私自身も多くの人に支えられています。家族や友人が車両の手入れや商品の棚替え作業を手伝ってくれたり、県庁時代の同僚が交通安全のお守りをくれたり。私がこうして働けるのも、夫が家事を担ってくれているからこそ。みなさんの協力と優しさに感謝ですね」とにっこり。
入江さんが自分のやりたいことで、結果的に地域の力になろうとしているように、周りの人たちも自分のできることで入江さんを助けています。その気持ちの循環が、入江さんの周りに笑顔を集めているのかもしれません。