わたしが軽自動車を選ぶ理由。

大阪をさつまいもの産地に!
軽トラに乗って邁進する、オオサカポテト渡邊博文さんの挑戦

2024.11.18

軽トラが活躍しているのは、地方の生産現場だけではありません。大阪でユニークな都市型農業を実践しているオオサカポテト渡邊博文さんの現場を訪ねました。

すべては趣味から始まった

 日に焼けた笑顔がまぶしい渡邊博文さんは、現在「大阪をさつまいもの産地に!」をキーワードに、大阪府八尾市を拠点に活動しています。代表を務める「オオサカポテト」は実績急上昇中の注目の会社で、渡邊さんは日々忙しく動き回っています。
 なぜ農業の道に?と尋ねると、「最初は趣味だったんです」との答え。「体を動かすことが好きで、なにか新しい趣味を始めたいと考えたときに、農業が思い浮かびました」。Instagramで「大阪 農業」で検索して、見つけたアカウント宛にDMを送付。最初の畑は、返事をくれた農家さんから借りたものでした。

 仕事をしながらの週末農業は、とても充実していました。トマトやオクラ、ナスなど50品目ほどの作物を育ててみると、一人では食べきれないほどの野菜が一斉に育つため、“体験農業”と銘打って収穫体験したい人たちを募ることも。そのうちに気づくことがありました。

「畑仕事のニーズがものすごくあることが分かりました。土に触るのって、心地いいんです。育った野菜を収穫するのも、大人の僕でもおもしろい。当然体験に来た子どもたちもめちゃくちゃ楽しそうで。
いま都会の幼稚園では、なかなか芋掘りができないそうです。自分を振り返ると、小さい頃土の中からゴロッと芋が出てきた時の興奮が記憶に鮮やかに残っている。こういう体感のないまま、デジタルな環境や技術だけで子どもが育っていったら、あまり豊かな社会にならないんじゃないかと感じて、まちの中で農業をやる意味を感じました」。

 渡邊さんの趣味から始まった農業は、副業になり、やがて本業に。2022年に勤めていた会社を退職し、「オオサカポテト」を起業します。「夢シルク」と名付けたさつまいもを、大阪のブランドとして確立すべくただいま奮闘しています。

濃厚で上品な甘さが夢シルクの特徴。

都市だからできる農業がある

 オオサカポテトでは、従来の農業と異なる様々なチャレンジをしています。
まず「耕作放棄地を活用している」こと。八尾市内で使われなくなっていた畑をいくつも借り受け、一つひとつは小さくても複数の畑を合わせて、大規模農業なみの収量を見込める仕組みを作り上げました。「耕作放棄地では、経済活動も起きていないし、景観も損ないます。そこが再び価値を持つように、僕らが使わせていただいています」と渡邊さん。畑はたった2年で30反(約9000坪)にまで広がりました。2025年には40反にまで広げる予定です。

看板を立てて作業をしていたら、近くで農業をしている人たちから耕作放棄地の情報が寄せられるようになった。

「畑をコミュニケーションの場にしている」点もユニークです。オオサカポテトの畑で作業をするのは、渡邊さんたちだけではありません。アルバイトやボランティア、体験でやってくる人など、ふだん農業と関わっていない人たちも作業に参加します。「子どもたちはワクワクしながら収穫しているし、日頃もやもやを抱えた大人たちのサードプレイスにもなっているときもあります。畑が単なる生産の場だけでなく、都会に暮らす人達のウェルビーイングを実現できる可能性もあると思っています」。まちの人たちを作業に巻き込みながら、夢シルクの生産を行っています。

また「新規就農の後押し」も行っています。生活の半分で農業をしながら、半分は別の仕事をする半農半Xというライフスタイルを希望する人が増えているものの、農地や機械の購入や、作物を育てる技術の習得、販路開拓などハードルが高いのが現実です。そこでオオサカポテトがサポートすることで新規参入をしやすい仕組みを作っています。

オオサカポテトの仲間たち。兼業から始めて専業になる人も出てきた。

 いずれも都市農業ならではの特徴に価値を与え、魅力に変えるアイデアに満ちています。渡邊さんはこう話します。
「農業の価値ってなんだろうと思うんです。一番は栄養素やエネルギーの素となる食べ物を作ることですが、それは効率よく農業ができる地方に任せたほうがいいなと思って。では都会の農業の価値はどこにあるのか。それを考えアプローチしていたら、今のような形ができてきました」。

軽トラはまるでおもちゃ箱

 偶然のような必然のような流れで農業を仕事にした渡邊さんですが、その象徴のような、車にまつわるエピソードを話してくれました。

「もともとプリウスに乗っていました。サーフィンとラグビーを趣味にしていて、遠方にも足を運びやすい燃費のよさと、サーフボードが積めるので愛用していましたのですが、いよいよ農業に本気で取り組む段階になったら、農機具や農作物を運ぶ必要が出てきて…。潤沢な資金があったわけではなかったので、プリウスを売って、中古の軽トラを手に入れました。ちょうど交換したくらいの感じです(笑)。」

 お気に入りのプリウスを手放すのはさみしかったものの、以前塗装業者が使っていたというペンキが跳ね飛んだ中古の軽トラックは、今ではすっかり渡邊さんの相棒です。

 「働く車ってかっこいいですよね。求めていた機能どおりたくさん物が積めるし、都会の畑には細い道もたくさんあるのですが軽トラならスイスイ入っていける。ずいぶんガシガシ使っていますが、へこたれないいいクルマです。荷台にポイポイ何でも載せられて、僕にとってはおもちゃ箱みたいな感じです」。
 渡邊さんの軽トラは、前の所有者のペンキ跡と、渡邊さんの農業の跡を刻んでさらにいい味を醸し出しています。

オフィス街に現れる軽トラの正体とは?

 渡邊さんは、もう一つの軽トラの取り組みにも参加しています。それは「軽トラ夕市」。大阪を代表するオフィス街・淀屋橋で、大阪の若手生産者グループ4Hクラブによって、年に2回ほど行われています。仕事帰りのビジネスパーソンたちがふらりと立ち寄っては、新鮮な野菜を購入して行きます。

「ビルがずらりと建ち並ぶ中に、軽トラが軒を連ねて野菜を売っているのは、不思議な光景です。この軽トラ夕市を、僕はすごく貴重な機会だと思っていて。というのも、生産者と消費者が顔を合わせることで、実は生産者は自信をもらえるんです。生産者の中には『まさかビル街の真ん中では売れないだろう』と思っていた人も多いのですが、いざ蓋を開けてみると、きれいな格好をした人たちが、不揃いの野菜をいい値段で買ってくれる。自分の作った野菜のこだわりを聞いてくれる。自分の仕事の価値を再確認する場になるんです。それに、道行くビジネスパーソンたちの中には、僕のように農業に潜在的な関心があって、畑に踏み込む人が出てくるかもしれないですしね!」と渡邊さんは笑います。

だれもクリアしていないゲームにチャレンジしている

 渡邊さんは、終始楽しそうに話をします。

「もっと根本の話をすると、だれもクリアしていないゲームをやっているみたいなワクワク感なんです。農業をしようと考えていろいろ調べると、定石としては大規模農業で、大型機械を投下して、恒常的に回すことができる農業が儲かる農業と言われます。北海道や鹿児島の畑を見学に行って、そのときに『あれ?これがやりたいんだっけ?』と我に返りました。

大阪に帰って、北海道や鹿児島の大きな畑と比べ物にならないサイズの自分の畑を見たときに、でも周りに輸送手段もあるしメディアもあるし生活者もいる。掛け算次第ではおもしろい農業ができそうだよな。しかもそれ、いまのところだれもやってないんだよなと気づきました」。

夢は「大阪をさつまいもの産地にする」こと。そのために大阪府内の全43市町村に夢シルクの畑があって、それぞれの地域の生活者が植え付けや収穫、集荷などの仕事をしている未来を目指しています。あたりまえだと思われていたものに+αの価値を見出し、ポジディブに前進する渡邊さんの様子を見ていると、その日はそう遠くない将来やってくると感じます。