わたしが軽自動車を選ぶ理由。

軽自動車は脱炭素化の切り札だ。
自動車経済評論家・
池田直渡さんが明かす軽の“異能”

2024.10.21

 日本が生んだ独自規格カー、軽自動車。そんな軽が今、カーボンニュートラルの観点から評価を高めています。実際に、軽自動車の後押しもあって、日本の過去20年間の自動車CO2排出削減量は、他国と比べて傑出した数字となっています。

 そこで今回は、自動車経済評論家の池田直渡さんに、環境視点もふまえた軽の“異能ぶり”をうかがいました。池田さんはこういいます。「軽自動車は、世界のどの国も真似できない、独自の技術と世界観を備えています」。

PROFILE

自動車経済評論家 池田直渡


1965年神奈川県生まれ。出版社で取次営業、自動車雑誌の編集、イベント事業、ビジネスニュースサイト編集長などに携わった後、独立して編集プロダクション「グラニテ」を設立。
クルマのメカニズムと開発思想、社会情勢との結びつきに着目しながら多数のメディアで執筆活動を展開するほか、著者自身のオウンドメディアであり、「事実に基づき論理的・批判的に思考し、しかしいかなる時も希望を持って」発信するディレクターズカット版の自動車コラム「池田直渡の『ぜんぶクルマが教えてくれる』」をnoteにて運営。

自動車CO2排出の削減率で、日本は他国を圧倒

 ここに、1枚のグラフがあります。2001年から2019年までの、各国の自動車CO2排出の削減率を表したものです。

*図:一般社団法人日本自動車工業会による

 グラフを見て驚かされるのが、2001年を100とした時の各国の削減率が、イギリスが9%、フランスが1%にとどまり、その他の国にいたってはむしろ増加している中にあって、日本が23%削減という突出した数字になっていることです。なぜ日本は、これほどのCO2削減量を実現できたのか。池田さんは、こう明かします。

「この数字をリードしたのが、ハイブリッド車(HEV)と軽自動車です。近年日本では、HEVが爆発的に普及したのとともに、景気の後退で軽を中心としたダウンサイジングの流れが進みました。今や登録車の4割以上がHEVに、そして車全体の約4割が軽自動車になっています」。

 とはいえ、脱炭素の文脈でいえば、走行中にCO2を排出しない電気自動車(BEV)を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。なぜ、BEVの普及が日本より進む欧米各国で、CO2削減率が高くなっていないのでしょう。

「バッテリー式電気自動車(BEV)は、生産や廃棄の工程で多量のCO2を排出します。したがって、製品の環境負荷を生産や廃棄などの工程も含めたライフサイクル全体で評価するLCA(ライフサイクルアセスメント)の観点で見ると、BEVはHEVや軽自動車に勝つことが難しい状況です。

 もちろんBEVは走行中にCO2を排出しないので、総走行距離が長くなればなるほど“巻き返し”も進みますが、HEVや軽自動車の燃費の良さを考えると両者を上回るのはそう簡単ではありません。

 人類がカーボンニュートラルを達成するには、結局は小さくて軽いものにするとか、急加速・急減速をなるべくしないといった人々の“行動様式の変化”もセットで求められてきます。その『小さくて軽いこと』を何十年も突き詰めてきたのが、軽自動車なんです」。

制限があったからこそ生まれたクリエイティブ

 その小さく軽い車体によって、低燃費を実現する軽自動車。とはいえ、小さい車であれば、日本の軽自動車以外にも存在します。なぜ日本の軽自動車が、CO2削減に大きく寄与できているのか。それを可能にしたのが、軽自動車のストイックな研鑽の歴史でした。

「軽自動車には『縦3.4m以下・横幅1.48m以下・高さ2.0m以下・排気量660cc以下』という規格があり、その枠の中でよりよいものにする必要があります。また、軽自動車は庶民的な価格もアイデンティティの一つだけに、予算面でも制限が生じます。だからこそメーカーは、まさに『1ミリ、1グラム、1秒、1円にこだわり抜く』とか『小・少・軽・短・美』ともいわれるような、軽量性・燃費・品質・効率性などに対する徹底的な改良を積み重ねてきました。

 たとえば、複数のパーツを一体型にして部品点数を減らすことで、コストや組み立ての手間を減らし、同時に故障のリスクも減らす。あるいは、ネジが長いと材料コストとねじ回しの手間が増えるので、たとえ1ミリであっても削れるものは削る。そうした工夫が、何十年と行われ続けてきました。

 近年は、他の国でも小さくて軽い車が開発されていますが、乗り心地なども含めた完成度では、日本の軽自動車が傑出しています。今では6エアバッグもあたりまえで、アンチロックブレーキもつき、100キロの速度も普通に出せ、それでいてお手頃な価格で買える。他国の小型車メーカーからしたら、一つの“奇跡”にも見えるはずです」。

 タイトな規格があるからこその、細やかでマニアックな改善をし続けてきたことで、独自進化をとげた日本の軽自動車。それは、制限があったからこそ生まれたクリエイティブともいえ、その点で池田さんは「ひと文字ひと文字までを徹底的に磨き込んだ、俳句や短歌の世界にも近い」とたとえます。

軽自動車が、海外に“発見”され始めている

 軽自動車が到達した、そんな“ならでは”の世界。そこにLCA観点での評価の高さも掛け合わさったことで、軽自動車は近年、海外からも注目され始めているといいます。

「日本国内では過小評価されることも少なくありませんが、近年は並行輸入した軽自動車がイギリスで飛ぶように売れたり、アメリカでも軽トラックを始めとする軽自動車が爆発的にヒットしていたりと、海外での人気が高まっています。小さくて、燃費がよく、乗り心地などの機能性もいいと。

 なお、ヨーロッパの歴史ある自動車メーカーのいくつかは、軽自動車を研究し、自社の車に落とし込んでいたりもします。軽自動車の“異能”ぶりを、世界が発見しつつあるんです」。

 こうした状況をふまえ、池田さんは軽自動車の膨大な“伸びしろ”にも言及します。

「IEA(国際エネルギー機関)による世界の自動車需要台数の2035年予測は1億1000万台で、もし軽自動車が日本と同じく世界でも4割を占めれば、4400万台となる。そして、もし4400万台が軽になれば、かなりのCO2削減量になる。そのくらいのポテンシャルが、軽自動車にはあると考えています」。

 さらに池田さんは、“軽自動車の真価がいっそう発揮されるのは、BEVと組み合わさった時である”と説きます。すでに、軽自動車の規格を持つ“軽BEV”がリリースされ、人気になっているモデルもあります。実際、軽自動車とBEVの相性は、どうなのでしょう。

「BEVはバッテリーで動くため、一般的にガソリン車より航続距離が短くなります。したがって、長距離レジャーなど遠乗りを前提にするより、街乗りに向いている。したがって、バッテリー車の制約の中でできるだけ航続距離を担保するためにも、小回りが利くという面でも、軽との相性が非常にいいんです。

 もちろん、車に乗る目的はさまざまで、すべてのBEVを軽自動車にするべきといっているわけではありません。多様性は担保されるべきです。一方で、BEVの本来の特徴をふまえると、必然的に軽が浮かび上がってくることも事実であると。小さくて軽いことによって、生産時や処理時のCO2排出量も抑えられますしね」。

「いけているから、あえて軽に乗る」という世界

 一方、軽自動車といえば、維持費の安さも大きな魅力です。もちろん車の仕様によって変わりますが、一般的に軽自動車の税金、保険料、燃料費などは普通自動車より低く、年間の維持費を数十万円単位で抑えられるケースも少なくありません。なお軽BEVの場合、軽のエンジン車よりも車体価格は高くなりますが、国のBEV補助金を活用すればその負担を減らせます。

 では、軽自動車の「安全性」に関しては、どうでしょうか。

「もちろん、徹底して安全なものに乗りたければ、別の選択肢があるかもしれません。一方で軽自動車は、小さく、軽く、価格が手頃であるという要件の中で、安全性についてもしっかり手を打ってきました。その意味で、非常にバランスのとれた安全性能を備えていると思います」。

 最後に池田さんは、軽自動車の今後の課題と展望について、こう話してくれました。

「世界を救うかもしれない技術として、そして日本が誇るべき競争力として、軽自動車で世界に打って出ない手はないと思います。それには、軽自動車の輸出を促進する枠組みを、政治によってきちんと設けること。そして、なるべく世界の人に軽自動車を体験してもらうこと。そうした双方向からのアプローチが重要になります。

 後者では、たとえば軽自動車の万国博覧会を開催したら、すごくいいのではないでしょうか。なんといっても軽自動車は同じ規格の中に、セダンから、SUV、スポーツカー、ミニバン、ダンプ、四駆、雪上車、消防車にいたるまで、数多のバリエーションを備えます。それはある種の“小宇宙”ともいえ、世界中の人のハートを射止めることでしょう」。

 車としてのユニークネスと、環境視点での価値の大きさ。それを背景に「いけているから、あえて軽に乗る」という流れが国内外に浸透したとき……。いよいよ“世界の4割”も、夢物語ではなくなるかもしれません。