わたしが軽自動車を選ぶ理由。
軽トラは最高のポップアップショップ
―宮崎県川南町
「トロントロン軽トラ市」
2023.12.07
宮崎県川南町の「トロントロン軽トラ市」は、毎月100台以上の軽自動車を集める日本で最も大規模な軽トラ市として知られています。“トロントロン”というユニークな名前は、一説によれば「江戸時代に参勤交代の行列がこの地を水飲み場として利用した時、旅の疲れを癒してくれるかのようにトロントロンと水の音が響いたから」だとか。その名の通り、今でも訪れる人をハッピーにしている軽トラ市の様子を取材しました。
170kgのタコを軽トラに乗せて
「トロントロン軽トラ市」で毎月長い行列ができるのが、国見水産の「タコの唐揚げ」と「タコのうま煮」です。大ぶりにカットされた食べごたえ満点のタコは、フライヤーで揚げた端からどんどん売れていきます。「いらっしゃい!」「あらお久しぶりです」「おいしかですよ、買って行きませんか」。活気に惹かれて、さらにお客さんが集まります。
ニコニコと接客で先頭に立つ江本幸子さん、フライヤーに張り付き黙々とタコを揚げ続ける息子の幸雄さん始め、お孫さんまで参加して家族一同が大集結。鍋から煮上がったタコを引き上げ、唐揚げをパックに詰め、お金を受け取り、ちょっと世間話を交わして。忙しいながらも絶えず温かな雰囲気が流れています。やってきたお客さんは「ここでしか買えないから、買いだめしておきます」「うま煮は焼酎にピッタリ」「ここでお話するのが楽しくて」とすっかり国見水産のタコのファンであることがうかがえます。
なんとこの日は午前中で170kgのタコを売り切りました。おいしさの秘密は、自分たちで獲ってきた品質の確かなタコだから。「国東半島は潮の流れが速く、岩にしっかりと掴まるから筋肉質のタコが育つんです。身がしっかり味が濃くって、おいしいですよ!」と幸子さん。
軽トラは稼ぐ車、乗用車は使う車
江本さんたちは、大分県国東市から宮崎県川南町まで、毎月片道230kmの道のりを、軽トラで通っています。荷台に載せて運ぶのは、170kgのタコや、効率アップのために大きなサイズに新調したフライヤー、タコを煮る大鍋、プロパンガスのボンベなどの様々な資材。まるでパズルのように組み合わせて積み込むのもすっかりうまくなりました。
「軽トラは大好き!小回りが効いて、どこへでも行けます。乗り降りもしやすいし、丈夫だし、荷物もたっぷり積めるし、最強やね。もうちょっと座り心地が良くなってくれたら、言うことないんやけど。なにしろ長距離乗るからね」と幸子さん。トロントロン軽トラ市に通い始めて7年が経ちますが、一度も車のトラブルに見舞われたことがないそう。
地元国東でも、軽トラは漁のための網や獲れた魚を運ぶのに大活躍しています。汚れるのを気にせず、どんどん使えるのも魅力です。「考えてみれば、軽トラに乗る時はお金を稼ぐ時。乗用車もあるけど、あの車に乗る時はお金を使う時やわ」と幸子さんは笑います。
まるで家族のような関係
毎月参加してはや7年。なぜこんなに長く続けられているのでしょうか?幸子さんは「それはもう、関わっているみなさんのことが大好きだからです」と即答します。毎月会っているうちに、家族のことまで知るようになった常連客や、暑さを心配して差し入れを持ってきてくれるお客さんもいます。そしてなにより滞りなく安全に営業できるよう、細やかに出店者のことをケアする運営のスタッフと町の人がいることが素晴らしいと話します。
幸雄さんはこんなエピソードを話してくれました。「ご覧の通り揚げたてのタコを提供するのが売りなのですが、なんとガスボンベを忘れてきてしまったことがあるんです。途方にくれていると、商店街の顔なじみの方が『うちのガスを持ってくるから、待っとって』とおっしゃって。自分の店の大きなボンベを外して、ゴロゴロ転がして持ってきてくれたんです。こんなにも親切にしてくれるのかと驚きました」「そうそう、だから私たちも精一杯お役に立ちたいんよ」と幸子さんも応じます。毎月会う町の人達は、いつしか家族同然に感じるようになりました。
「とりあえずやってみよう」の精神
大勢の来場者で賑わう軽トラ市の間、時折アナウンスが流れていました。その内容は、強風でテントが飛ばされないように注意を促すものから出店者のPRなど、工夫を凝らされたもの。事務局責任者の井尻祐子さんによれば、これまでの試行錯誤の中で生まれたものだそう。最初は迷子の保護者を探す文言をマイク脇に書き留めておいただけだったのが、突然の雨天の時、地震が起きた時など様々なシチュエーションを考えたスタッフたちによって、どんどん文章のストックが積み重なっていきました。誰かが指示をするのではなく、目の前の状況を事故なく快適にできる工夫を、各々が行うのが川南流です。
「マニュアル…は作れたらいいんですけれど、それよりは、まずはやってみて失敗したら修正しようの精神が強いんです」と井尻さん。それは幸子さんたちが感じている、町の人達の懐の深さにも通じているようです。井尻さんは「私も他県から嫁いできて、町の人達のフレンドリーさに驚きました。川南町は、戦後に行われた大規模な開拓で、日本全国から入植者がやってきた町で、“川南合衆国”と呼ばれています。その多様な人達が助け合ってきた歴史と開拓者マインドが、いまの軽トラ市にも息づいているのかもしれません」と話します。
人が主役の軽トラ市
軽トラ市が行われるトロントロン商店街は、600mの緩やかな下り坂になっています。軽トラの様子がずらりと見渡せ、来場者のワクワクした気持ちを掻き立てます。軽トラはもちろん軽自動車や軽自動車を改装した移動販売車も並び、売られているものも様々です。朝どれの新鮮野菜や枡いっぱいのちりめんじゃこ、焼き豚足や牡蠣を蒸したものなどの加工品、ハンバーガーや牛串など食べ歩きができるものなど、食に関わるものは人気です。それだけでなく、飼育方法をじっくり話しながら金魚やメダカを販売している店もあれば、本格的なエスニック調味料を販売している店では、川南町に住む東南アジアから働きに来ている人たちが母国の味を求める姿も。軽トラ市がきっかけで、商店街の空き店舗への出店が決まった例もあったそう。
井尻さんは、「とにかく人が主役です。生産者や出店者にとっては、消費者の生の声を聞くことができる貴重な機会です。最近は無人のレジも増えて、会話をすることなく買い物できる場も増えました。でもここでは、商品について質問したり、調理方法のアドバイスを受けたり、コミュニケーションが生まれているのが、毎回いいなぁと思います」と、軽トラ市の魅力を表現します。買い物の醍醐味を再確認できるからこそ、出店者も来場者も絶えることがないのかもしれません。